東大生(弟)が受けた教育

弟は東京大学に通っているのですが、「お母様はどういう教育をなさったの?」と聞かれることがあるので、書いてみようと思います。

母は私に関しては超スパルタ教育で、とにかく「勉強しなさい」と言われて育ちましたが、弟は、女親ということもあるのか私ほど口うるさく言われることもなく、私のお勉強のついで、という感覚で勉強に取り組んでいました。

幼少時、お勉強を“しなければいけなかった”私と“ついで”な弟では、こなした勉強量が圧倒的に違いました。当初は私のほうが比べものにならないくらい成績が良かったのですが、私の場合はできてもできなくても叱られ怒鳴られ、何かを成し遂げても「出来て当たり前でしょう!」と褒められず。また私の行動は常に“やりなさい”ベースだったために、今思い返せば自分の意志で何かを始めてみることが何もなく、自我の芽生えと共に「◯◯しなさい」系の全てに拒否反応を示すようになり、挙句の果てにはグレました。笑

一方弟は、何かを達成するたびによく褒められていました。探究心の赴くままに、自発的に取り組む意欲が必然的に湧いたと思いますし、周囲から認めてもらえるので何をやっても楽しかったはずです。勉強だけでなく、例えば私は門限を設けられるなどの制限が多くありましたが、私がそれをことごとく突破してきたので、彼が行動を制限されるということは、少なくとも私に比べて少なかったと思います。

彼は常に自由でした。やってはいけないことなんて何一つなかった。全然帰ってこないなー!という日が続くこともあれば、リビングで教科書を広げ、何時間も黙々と勉強していることもありました。
勉強を自然と日常的なものとして取り入れた彼は、必然的に中学から進学校(男子校)に入学しましたが、成績上位だった者同士が切磋琢磨し合う環境だったと思いますし、自発的に取り組むことをこなしてきているので、自分で生活のバランスをマネジメントできていたのかなと。

結論、幼少期の土台作りは必要だと思うのですが、勉強に限らずあらゆる学びに対して喜びを感じる心を育むことが大事なのではないかと思っています。弟と私の差を見て、「あれはだめ」「これはだめ」「あれをやりなさい」「これをやりなさい」と行動を制限するよりも、なんでもやらせてあげることのほうがより良い将来に繋がる気がします。無論、東大に行くと決めたのは彼自身であり、家族が彼にプレッシャーをかけたわけではありません。彼の決意と努力を、ひたすら見守っていただけです。

東大生は扱いづらい!などと色々言われていますが、一つの事柄を全方位に探究心を拡散し、研究し尽くした奥深く多角的な知識は、純粋に学びが多くて話していて楽しいです。
「弟は東大なのに、お姉ちゃんは大丈夫?」とたまに聞かれますが、私はこれで愛されて生きていくので大丈夫です。笑

猫川舐子

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